食品科学とテクノロジーによって食料不足は過去のものに?
コロナ禍は世界のフードシステムにさまざまな亀裂を生じさせている一方で、食品科学のスタートアップには追い風となりました。従来の方法を見直すことにより、農業を 21 世紀へ対応したものにできるでしょうか?
- コロナ禍で食糧の生産とサプライチェーンの脆弱性が露呈
- コミュニティが求める自給自足度とレジリエンス性の高さ
- テクノロジーによりパラダイムシフトが実現
- デジタル技術の応用で訪れる農業のルネッサンス
新型コロナウイルスの世界的流行の直後に起こったフードチェーンの崩壊は、サプライチェーンと食糧生産の明白な脆弱性を露呈した。パニックによる買い占めや店頭での商品不足は、結果的には短期間のことであったにせよ、消費者にとっては衝撃的な出来事だった。
現在、店舗在庫は比較的豊富になったとはいえ、マスクの着用や除菌ジェルの使用、社会的距離の維持などの対策をしていても、食料品店に向かうことはストレスの多い不快な体験となり得る。そのため、地元農家による産直市や宅配サービス、自家栽培など、食料を自宅へともたらすさまざまなオプションが検討されるようになった。こうした変化により、食品科学のスタートアップは、それらを支援するための独自の地位を占めるようになっている。
水耕栽培のスタートアップ Just Vertical の共同設立者で、かつて Autodesk Technology Centre トロント のレジデンスだったケヴィン・ジャキーラ氏は「コミュニティでは、トラックや飛行機で輸送される食料に依存するのでなく、自給自足度とレジリエンス性を高めることを望んでいます」と話す。「今後、室内栽培はさらに流行するでしょうし、その関心をコロナ禍が増幅しています」。

2020 年春、コロナウイルスにより業界は休止に追い込まれたが、Just Verticalの室内用水耕栽培システム AEVA の売上は倍以上に増加した。2019 年のレジデンス プログラム参加中に Autodesk Fusion 360、SketchBook、ジェネレーティブ デザインを使用して設計・製造した、この幅 90 cm 強のタワー型デバイスは、栄養素の高い約 4.5kg の作物を毎月栽培できる。移動可能なポッド システムは、屋外では倉庫や温室に組み込み、水耕栽培を活用して、より大規模な栽培が可能だ。
ジャキーラ氏にとって、食糧不足の影響を受けたコミュニティを支援する方法のひとつが Just Vertical の立ち上げだった。それは自身がカナダ北極圏のヌナブト準州で先住民学生の教師として働いていた際に経験したことでもあり、ヌナブト準州は 70% の食糧不足を記録している。最近の国連の報告書では、既に社会的に弱い立場にある数百万の人々をコロナ禍が「途方もない規模の」飢餓へと追いやると予測されている。

米国とカナダでは、レストランの休業や消費者動向の変化によるサプライチェーンの急激な再編成の結果、価格の急騰と食品廃棄物の増加が起こった。Agri-Food Analytics Lab が 2020 年 5 月に行った調査によると、5,000 万リットルの牛乳がスーパーでの販売向けに処理されることなく 廃棄され、何十万頭もの豚や鶏が殺処分された。
カリフォルニア州を拠点とするグリーンテック企業 CREO Design 設立者兼 CEO のホーマン・コリージ氏は「人々は食の安全やサプライチェーンの安全性、クリーンな食料に、より関心を寄せるようになっています」と述べる。「自分で作物を育てたいと考えるのは、こうした懸念に対する最も自然な反応です」。
Autodesk Technology Center サンフランシスコ でレジデンス プログラムに参加している CREO は、代替栽培で植物を育てるソリューションを生み出している。2018 年にプログラムに参加して以来、このチームはスマートでモジュラーかつ自律的な、環境に配慮した家庭・ビル用栽培システムの開発に取り組んできた。CREO のオールインワン ハードウェア/ソフトウェア プラットフォーム Bio-Bulb は、ダイレクト センシングと養液、その環境下での植物の最適な成長を学ぶ AI を活用し、これまでとは異なる少ない資源環境下で植物を栽培できる。センサーは植物のバイタルをモニターし、ユニットは必要に応じて、栄養素と水分を直接植物に注入する。
「CREO なら、あらゆる場所で植物を育てることが可能です」と、コリージ氏。「グリーン インフラをシステムとして組み込んだビルを想像してみてください」。

カリフォルニア州での状況について、コリージ氏は次のように付け加える。「収穫時期の作物が畑に残り、それをリサイクルしなければならない農家があります。地方向けの食物流通システムは存在せず、食料の供給は未だに中部の農業地帯頼りなのです」。
同様にトロントの Technology Center レジデンスだった Growratio は、照明システム、IoT センサー/コントロール ネットワーク、生育環境を自動で最適化するクラウド組織化システムなど、環境制御型農業 (CEA) のためのソリューションを生み出している。Growratio 設立者兼 CEO のパオロ・ピンチェンテ氏は「我々は CEA におけるパダライム シフトを経験している最中なのです」と話す。2019 年のレジデンスの際、ピンチェンテ氏とチームはジェネレーティブ デザインを活用して、植物栽培向けの照明と育成システムを模索した。「困難の前兆はあります。気候変動、人口過密、その他の数々の要因により食料供給は脅かされています。そして現在のコロナ危機で、供給ネットワークの脆さが露呈しました」ピンチェンテ氏は話す。
コロナ禍は生産ラインにも大きな遅れも生じさせたが、Arrell Food Institute ディレクターのエヴァン・フレーザー氏は、これは 21 世紀のフードシステムを実現するには絶好の機会だと話す。「コロナが露呈した皮肉のひとつは、システムを稼働させ続ける上で一番の頼みの綱である、食料品店で商品を補充し、肉を切り、輸送トラックを運転する人々が最も影響を受けやすい、ということです」。
食肉加工施設や農場は、世界各地でコロナ感染の温床となっている。窮屈な労働環境、混雑する通勤過程、労働者の寮住まいがその理由であることも多い。2020 年 5 月、アメリカ疾病予防管理センターは、19 州の食肉加工工場で働く 13 万人の中から 5,000 件近くの感染があったと報告した。その死者は 20 名に上る。
「今後は細胞農業、CEA、垂直農場などのテクノロジーが強く求められるようになるでしょう」とフレーザー氏は話す。だが、こうしたテクノロジーの展開を成功させるには、政策立案者や企業がクリエイティブな官民パートナーシップを検討する必要がある。テクノロジーを応用するイノベーション戦略を開発しなければならない。そして農業従事者やそのコミュニティが、それを尊厳のある暮らしを送れる方法で実践する必要がある。
「今後、こうしたテクノロジーを低予算で大規模に導入できるようになれば、そうしたコミュニティへ大きく役立つ可能性があります。特に今後、健康や気候の危機が襲うようなことがあれば」と、コリージ氏。「低中所得層が大規模に導入できるよう、最初の 4 年間の初期費用を極めて低く抑えることを目指しています」。

ジャキーラ氏も、こうしたテクノロジーを食糧不足による影響を最も受けている人々にもたらすには課題があると認めている。コロナウイルスにより水耕栽培システムの生産が止まった際、Just Vertical は家庭菜園プログラムを開発し、草の根のプロジェクトへと方向転換。家庭菜園のやり方についてのアドバイスと共に、無料の種を複数のコミュニティに送付した。「ガーデニングが高い関心を集めているのは、都心のマンションに住んでいる人々に限りません」と、ジャキーラ氏。「老人ホームの居住者や学校の教師など、ターゲット市場は大きく拡大しています。我々はこの情報を利用して製品を最適化し、あらゆる人々が使用できるようにしています」。
Just Vertical は、生鮮食品や雇用創出における各コミュニティ特有のニーズに応じられる、複数のコミュニティ リーダーや民間企業、慈善団体との連携を目指している。「段階的かつ組織間的なアプローチは、単に弊社の製品を各家庭へともたらすよりも、ずっと直接的な効果をもたらすでしょう」と、ジャキーラ氏。「相対的な目標は食料不足の問題そのものに取り組み、適切なプライス ポイントと豊富さ、品質で食料供給の総合的なソリューションを補うことです」。
「デジタル技術の応用により、農業のルネッサンスが訪れようとしています」と、フレーザー氏。「最終的には現在のシステムより栄養価が高く、環境フットプリントが小さく、よりレジリエンスの高いフードチェーンを実現できるでしょう」。