進行形の材料科学: Bercellaの「生きている」炭素繊維ナノコンポジット
イタリアの炭素繊維メーカーBercellaが、自社の素材研究所で開発された「生きている」素材でナノコンポジットを新たなレベルへ。
F1のレースカーを「速い」と表現するのは、控え気味にもほどがある。F1カーは時速345kmに到達し、コーナーでの遠心加速度 5Gを超える。
こうした車に、デザインや工学、製造に関する相当量の知識が投入されていることは言うまでもない。英「The Telegraph」誌によると、中位の車両とチームであっても、年間1億2,000万ドル以上のコストがかかる。こういった車両の車体構造がスーパー素材のひとつである炭素繊維などナノコンポジットで作られていることを考えれば、シャーシシステムだけで推定2,000万ドルというのも納得がいく。材料科学は新たなトレンドなのだ。

この「新たな流行」の中心がBercellaだ。このイタリアの技術・製造メーカーは、大手フォーミュラカーコンストラクターであるダラーラを含む豪華なカスタマーの面々に対して、500種を超える車体構造 (“モノコック構造”と呼ばれる) を生産している。
だが、50名を上回る従業員を擁するBercellaをイノベーターとして有名にしているのは、Bercellaが製造している 500種の車体構造や、内部で小型トラックを乗り回すことができそうなほど巨大なオートクレーブだけではない。この規模の会社としてBercellaが突出しているのは、最先端の材料研究所の開設への投資だ。
「当社の2011年から2012年における技術サービスの発展において、材料研究所の設置はこの業界でも比類のないものでした。それ故にやろうと決断したのです」と、Bercella事業開発部長のマッシモ・ベルチェラ氏は語る。「材料の設計と検証を社内で行えるの他には例がなく、また自社のエンジニアにとっても、構造シミュレーションや工程設計を行う上で大きく役立っていると考えています」。
Bercellaは優れた研究実績を持つ材料科学者を探し、ラウラ・マルキーニ博士の採用に至った。マルキーニ博士は、彼女がかつて研究者として勤務していたイタリアの電気磁気材料研究所 (IMEM) とのコラボレーションによって革新的なものを生み出すことを提案した。このイノベーションから生まれた材料を、彼女は「生きた材料」と呼ぶ。ダイナミックで、外的条件に応じて変化するからだ。特許出願中のこの発明品はBercellaの知的財産であり、さまざまな市場への投入やライセンス契約を検討中だ。

「私がBercellaで展開しているのは、研究プログラムです」と、マルキーニ博士。「それまで材料科学者として働いてきましたが、産業界へと移ることを決めました。そして適切な会社を探しているときにBercellaと出会いました。ここで働き始めた頃、(BercellaのCEOである)フランコ・ベルチェラは、研究テーマの選択にかなりの自由を与えてくれました。科学者としての採用は私が初めてでしたが、Bercellaには多数の機械技術者や航空宇宙学技術者がいます」。
「複合材料内で、その存在が構造に影響を与えないほど超小型なセンサーを開発するというアイデアでした」と、マルキーニ博士は続ける。「内蔵センサーが問題なのは、その存在が複合材料のパフォーマンスに支障を与える点です。そこで私は炭素繊維に注目しました」。
マルキーニ博士が言及する「支障」とは、センサー材料のサイズと重さに関係している。センサーが重すぎる場合があるのだ。センサーの基盤に炭素繊維を使用することで影響を最小限に抑え、またセンサーの材料を「ホスト」構造と同じにすることで、センサーの熱やストレスへの反応がホスト構造の反応に「追従」するようになる。
マルキーニ博士は炭素繊維からスタートし、この繊維がナノ構造で機能し、圧電効果を生じさせるようにした。圧電性とは、機械的応力に反応して電荷を生み出す性質を指す。マルキーニ博士によると、ナノチューブを扱っている研究グループはたくさんあるが、Bercellaはナノ構造に重点的に取り組んでいる。ナノ構造は比較的安価で、超高真空系を必要としないためだ。
「これらのセンサーは胴体や車両のシャーシに生じる全てを記録できます」と、マルキーニ博士。「温度や圧力、ストレスは、追跡や測定を行える変数の一部に過ぎません。これにより、構成要素を常時モニターして、不具合を予測できるようになります。構造が使用中に大きなストレスに曝された場合、突発の崩壊や不具合が起きる前に取り除くことができます」。
「これら全てを、異物 (現在広く使用されている光ファイバーなど)を加えたり、パーツの重量を増やしたりすることなく行えるのです)と、マッシモ・ベルチェラ氏。

Bercellaが特許出願中のこの発明は、技術的には酸化亜鉛ベースの圧電素子に関連するもので、構造のアクティブ・モニタリング用センサーとしても、オブジェクトの変形やモーフィング効果用のアクチュエータとしても使用できる。この圧電素子は、少なくとも2本の炭素繊維製編糸から構成されている。糸の交点にはナノ構造の酸化亜鉛層があり、この層はさらにコンピューターにつながっている。
この材料 (圧電素子) が示唆するのは、自動車から航空宇宙まで (もちろん、不具合を検知し修正する材料を使用したより安全な製品から利益を得る立場にある消費者は言うまでもなく)、さまざまな産業に劇的な効果をもたらす可能性があるということだ。Bercellaの特許出願書類にはこんな記述がある。「航空業界においては、この発明に準じたセンサーは、スパー (桁)、リブ、パネルなどの一次構造に組み込まれたストレス・センサーとして使用できる。圧電素子は、航空機の操作性向上を可能にする空気力の適切な変化を生成するための、航空機の可動面の形態変化、特に翼の形状変化を許可するアクチュエータとして使用できる」。
Bercellaは、そのカスタマーのほとんどが、車から電車、飛行機まで全てをデザインおよび構築するための、よりスマートな方法を検討していることを把握している。ましてや、Bercellaのカスタマーはテクノロジーに精通した産業界に属しており、より多くのデータを収集し、その構造やデバイスについてのフィードバックを得る方法を探している。よりスマートでレスポンシブな材料は、競争相手の一歩先を進み続ける手段を提供する。
「この材料は、あらゆる超ハイテク素材と同じ経路を辿ることになるでしょう」と、ベルチェラ氏は話す。「まずは軍需産業や宇宙産業に応用され、次に航空機やレーシングカー、そして最終的には一般車両に応用されるでしょう。一般的に言って、複合材料産業にアプローチする自動車は、3-5年のうちにBercellaにとって大きな市場となると思います」。