スマート ビルが建設業界のグリーンな未来の生きた研究室に
「未来のビル」の最も重要な展示の場は、かつては毎年開催される万国博覧会だった。そこは世界中の人々が各国の斬新なパビリオンに集い、未来の建築がもたらすものを驚きと畏敬の念を持って見つめる場所になっていたのだ。
今日、環境への懸念は、進歩への熱意と拮抗している。かつて建設業界のリーダーたちが目指したのは、スペースニードルや UFO のような塔だった。だが現在はビルを、より環境に配慮し、敏感に対応できる建物にするようなイノベーションに重点が置かれるようになっている。
高性能断熱材と外壁材のグローバル リーダー、Kingspan による業界リサーチも、こうした思考の進化の必要性を裏付けるものだ。このリサーチによると、ビルの建設と運用が、世界のエネルギー使用量の 36% を占める。また建設は、エネルギー関連の 39% (前段階の発電を含む) に相当する CO2 を排出し、世界の埋め立てゴミの約 30%
に相当する廃棄物を出しているとされる。
知性のための環境
この研究が、Kingspan のグローバル イノベーション センター IKON のデザインと建設に影響を与えることになった。昨年、ダブリンの北に位置するアイルランド北部キャバンの湖や川に囲まれた場所にオープンした IKON は、より環境に配慮した未来へ 12.3 億円もの投資を行う Kingspan のコミットメントを象徴するものだ。この建物は「生きた実験」として機能し、新素材の省エネ特性を現実世界で評価するための完全な環境をエンジニアに提供する。
Kingspan でイノベーション部門を統括するマイク・ステンソン氏は「IKON の原型となったのは、先端材料の研究をデジタル テクノロジーと組み合わせるというアイデアでした」と述べる。「その過程で、デジタルかつサステナブルなビルを、ゼロから作り上げられると気付いたのです」。
「IKON にはビル全体にセンサーが多数取り付けられ、エネルギー消費量の計測が可能です。また自然光や雨水、太陽光パネルなどの要素を活用し、サステナブルな実践を基盤とする作業空間を生み出しています」。

サステナブルという目標
サステナビリティへの関心は、再生可能エネルギーの直接的な使用を 60% まで拡大するという Kingspan の 10 年計画にも影響を及ぼしている。事実、同社は 2030 年までにネットゼロ カーボン (カーボン ニュートラル) 製造の実現を目指している。
同社 でグローバル サステナビリティ部門を統括するビアンカ・ウォン氏は「建設は二酸化炭素排出量の多い業界です」と話す。「全てのメーカーに、この問題へ対処する責任があります。IKON から得られる学びは、弊社のネットゼロへの献身的な取り組みの継続と実現に役立つことでしょう。それは結果として、顧客のビルにネットゼロをもたらし、支援することにもつながります」。
IKON 自体にもリサイクルされた (かつ、そのリサイクルも可能な) 材料が使用されている。デザイン段階では、ビルのエネルギー モデリングでも多くの取り組みが行われた。「例えば屋上の太陽光パネルは、ビルのエネルギー需要の 35% に相当する電力を生成します」と、ステンソン氏。「駐車場には電気自動車用の充電スタンドが用意されています。トイレや下水道に使用される雨水リサイクル システムもあります」。
リサイクルされたプラスチックボトルから作られたビルの断熱材も、同じ方針に従ったものだ。同社は年間 3-4 億本のプラスチックボトルのリサイクルを計画している。

デジタルのインスピレーション
このセンターは、Kingspan のデジタル チームの本拠地でもある。このチームは、同社がその知見をどう製品に反映させ、インダストリー 4.0 に備え、新しいビルを作る際に「モデル ファースト」のアプローチへどう合致させるかのリサーチを指揮している。
チームにとって、IKON は建設における大きな疑問に答えるための最適な環境を提供する。例えばビル マネジメントにおいて AR や VR、IoT は、どのような役割を果たすようになるだろうか? AI とビッグデータは、建設設計をどう変えるのだろう?
Kingspan は技術提携と独自の研究結果を通じて、IKON を世界初の成熟度レベル 5 のデジタルツインにすることを目指している。IoT デバイスやビデオカメラ、Autodesk Forgeなどのテクノロジーを活用することで IKON の 3D BIM データからビル性能を可視化し、「入居者を認識した」ビルとなった。

データ主導の建設
Kingspan で BIM 戦略部門を統括するブライアン・グランシー氏は「例えば個人と行動パターン、時刻を指定して、匿名化したデータを収集できます」と話す。「これにより、パフォーマンス環境のためのパフォーマンス製品というアイデアを実現できます。ビルを使用者の行動に適応させることは、より広い室内空間を実現する断熱性能の向上などにより、既に実現されつつあります」。
グランシー氏は、ビル データをより良好に運用することは、 HVAC (冷暖房空調設備) や衛生設備などのシステムが、より人間の活動へ呼応したものになることを意味すると話す。これを実現するべく、IKON にはオートデスクのコンピューター ビジョン システムが導入されている。匿名性を考慮してゼロからデザインされたこのシステムは、同様のソリューションが持つデータ活用の懸念に、直接的に対処するものだ。システムは現在も研究開発中だが、Kingspan のチームはこれを活用して、使用者の動きについて、スケルトン ビジュアルを使用して匿名化したデータを正確に検出し、行動解析に利用している。
人間の行動をデータ化し、部屋や階単位でのエネルギー消費量や社交活動による空間占有率などの測定基準に照らし合わせて分析することで、Kingspan は建設業界がより優れた使用者シミュレーション モデルを作成する一助となることを願っている。それが快適性や健康、生産性の向上に最適化されたエネルギー効率に優れたビルの建設に影響を与える可能性もある。
学習するビル
Kingspan のステンソン氏は、IKON における革新的なデータ活用と環境に優しい材料の利用、生きた研究室という構造が、この先も長きにわたって企業と業界のイノベーションを牽引し続けるだろうと述べる。
チームの研究では、将来的にはビルが機械学習アルゴリズムを活用し、自発的に行動データと環境データに対応するようになると示されている。相互につながった最新のビルのサブシステムは、エネルギー消費を最小限に抑えつつ、居住者の快適性と生産性を維持できる可能性がある。
IKON のデータ活用は、建設のサーキュラー エコノミーへの貢献も促進するかもしれない。建物を解体・改装する企業は、極めて詳細なビル データにアクセスすることで、どのような材料やコンポーネントが使用され、どこに取り付けられているのかを正確に認識できるようになる。こうした情報により、材料の回収はより簡単になり、解体現場は廃棄物ではなく資源を生成する場所へと変わる。
「我々は IKON により、ビル性能を実験し、生きた環境でソフトウェアをデザインし、太陽光発電などの分野における新たな方向性を模索して、アクセス制御を向上させることができます。その全てがデータにより実現しています」と、ステンソン氏。「これは、まだほんの始まりに過ぎません」。