マイ デザイン マインド: ロック スター達の聴覚の救世主、スティーブン・D・アンブローズ氏
スティーブン・D・アンブローズが初めてのワイヤレス・インイヤーモニターの発明と、その改良に関する自身のミッション、スティービー・ワンダーやジョニ・ミッチェルなどのミュージシャンとの作業について語る。
スティーブン・D・アンブローズ氏には、やり残している仕事がある。その全ては彼の幼少期に始まった。
彼の行いはティーンエイジャー特有の反逆心だと考える人もいるだろう。人格形成期の十代を 60 年代のテネシー州ナッシュビルで過ごしたアンブローズ氏が、ロックやフォーク音楽を禁止したクラシック畑出身のミュージシャンである父へ抱いた反抗心だと。
13 歳のアンブローズ氏は、ある日、古い鉱石ラジオの部品からイヤホンを組み立て、世界初のワイヤレス・インイヤーモニターを発明した。これを製作したのは、自分の弾くギターの音と歌声を聞くためだった。それも、父親に知られることなく。現在ではインイヤーモニターは、パフォーマーが自分の歌声を聞けるよう、あらゆる音楽イベントで使用されるようになっている。
この初めての製作以来、アンブローズ氏は長年に渡ってワイヤレス製品の開発と改良に従事しており、スティービー・ワンダーやサイモン&ガーファンクル、スティービ・ミラ―・バンドなどのツアーに参加するほか、ジョニ・ミッチェルやロジャー・ウォーターズ、ガンズ・アンド・ローゼズなどのレコーディング・セッションでもサウンドを扱っている。
だが青年時代から、カスタムのワイヤレス インイヤーモニターとマイクロフォンを開発してきたキャリアを通じて、その重大な欠陥には最近まで気付くことはなかった。それは、こうした機器が聴覚に損傷を与えるという事実だ。
現在、彼は聴覚にダメージを与えず聴覚の保護に役立つ全く新たな製品を開発しようと、さらに大きな野望を抱いている。イヤホンからどのように革命を起こしたのか、また現在はどうやってロック スターたちの聴覚を守ろうとしているのかを、アンブローズ氏に聞いてみた。

トランジスターによるシンプルなイヤホンを、最初のワイヤレス インイヤーモニターのプロトタイプへどうやって変化させたのですか?
鉱石ラジオを持っていたのですが、そのスピーカーの質は本当にひどいものでした。それでもそのラジオを聴きたかったし、自分の歌声が誰にも、特に父親には聞かれないように、ラジオを通して聞いて、その音を増幅できる方法を見つけようとしていました。ラジオにはイヤホンが付属していましたが、その形を変える必要がありました。まずガムを使ってみました。実際にチューイングガムを使ってみましたよ! その後、だんだん本格的になり、シリー パテ (シリコンポリマー製の粘土おもちゃ) を使うようになりました。
その後、マイクの付いたテープレコーダーを分解してハックし、アンプを取り出しました。それを最初のインイヤーモニターに使用したんです。1965 年、13 歳のときのことです。それ以来、ずっとハックを続けてきました。
スティービー・ワンダーと仕事するようになったきっかけは?
初めて立ち上げたスタートアップは SoundSight という、70年代のインイヤーモニターの会社でした。
スティービーは 『シークレット・ライフ』の制作中で、サンセット大通りにあるスタジオに呼び出され、カスタム・ピースの作成を依頼されました。彼の両耳に印象材を詰めました。歯医者で詰め物をするときに型を取りますが、あれと同じものです。注射器を使い、数分で硬化するシリコンを耳に注入して待ちます。消しゴムのような固さになり、それで耳の内部の正確なレプリカが取れます。

彼は完成品を気に入ってくれました。スティービーは生まれながらの盲目です。でも今ではマイクがあるところなら、どこでも「見る」ことができます。初めてモニターを使用したとき、彼が何度も低音を上げようしましたが、彼の聴覚を守るため下げ続ける必要がありました。
スティービーと私の付き合いは、こうして 1970 年代後半に始まりました。インイヤー サウンドが子供の遊びでないことを、この出来事が証明してくれました。世界最高のアーティストの使用にも十分耐えうるものであることが実証されたのです。
この発明が、メリット以上にデメリットをもたらす可能性に気付いた時期は?
1970 年代にこのソリューションの特許取得を始めましたが、当時は音質を犠牲にすることでしか問題を解決できなかったので、適用範囲は限られていました。1990 年代、KISS とスティーブ・ミラー・バンドとのツアー後、インイヤー モニターが聴力低下の原因となっていることを知り、最初の発明者として責任を感じました。聴覚障害の原因となっているパーソナル オーディオの始祖が自分だと自覚するというは、決して気持ちの良いものではありません。
それで私はツアーを中断し、この問題を誰もが使用でき、オーディオ業界に画期的な音質をもたらせるような方法で解決できる手段が見つかるまで製造を停止しました。米国の国立科学財団と国立衛生研究所からの助成を受けて「第二の鼓膜」を開発すると、バンダービルト大学で検証を行いました。

この技術を基に、Asius Technologies を立ち上げました。このテクノロジーにより、物足りなさや忠実度の低さを感じることなく、かなり低音量でインイヤーモニターを使用でき、聴覚に損傷を与えることもありません。問題を解明し、その解決方法を見つることで、この問題の責任を取ることができたと感じています。
あなたに欠かせない装置、ツール、テクノロジーといえば?
間違いなく 3D CAD 機能でしょう。特に、Autodesk InventorとFusion 360 です。Fusion 360 は私にとって、スタジオに居ながらにして他の国々の人とジャム演奏できるようなものです。まさにそういう感覚ですよ。コードやメロディ、楽器の代わりにグラフィカルで独創的なデバイスとコンセプトでジャムを行うのです。
1970 年代にワイヤレス・インイヤーの新モデルやプロトタイプの製作を始めた頃は、CAD もコンピューターもありませんでした。モールドやカービングも手でやっていたんですよ! 現代のテクノロジーは、発明のプロセスへ大いに役立っています。理解という素晴らしい体験をもたらしてくれます。
無人島に1枚だけレコードを持って行くとしたら、どれを持って行きますか?
答えは簡単ですが、正直なところ難しい質問ではありますね。親に「あなたの子供で一番のお気に入りは?」と尋ねるようなものです。何と言っても角が立つ。とにかく、私ならジョニ・ミッチェルの『夏草の誘い』を持って行くでしょう。
『夏草の誘い』には、ジョニ・ミッチェルが歌う「Don’t Interrupt the Sorrow」が収録されています。私は幸運にも、この曲のレコーディングに居合わせることができました。この作品には空間、臨場感が感じられますが、リバーブは一切感じられません。何日もかけてエコーにエコーを重ねた、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドとは全く異なっています。ジョニがそこにいるような感覚になりますね。包み込まれるような非常に親密な雰囲気は、ヘンリー・ルイの仕事です。エンジニアである彼のマイキングは素晴らしい。エコーチェンバーとリバーブを使うのではなく、空間を捉えることで一体感を演出しています。あんな音は、あれ以来聞いたことがありません。
Redshift の「マイ デザイン マインド」シリーズは、各界で活躍するデザイナーによる洞察を紹介しています。